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<飛行機嫌いの飛行機物語>
私は飛行機が嫌いだ。嫌いというよりは恐ろしいのである。物理学を専攻したにもかかわらず、重量が何トンもする金属の塊が空に浮くのが理屈で理解できても感覚的に理解できない。その内落下するのではないかとの不安に駆られるのである。これも理屈ではないがプロペラ機とジェット機とを比べると未だプロペラ機のほうが気が休む。ジェット機はトラブルが起こったら一瞬にして粉々に飛散してしまうのではと何となく考えてしまうのである。一生飛行機に乗らないでおこうと思っていた私が数百回も飛行機に乗る羽目になるとは思ってもいなかった。就職して初めて海外出張を命じられたときはストレスのため1ヶ月以上前から胃が痛みだし寝苦しい日が続いた。気にしていると変なもので飛行機事故の夢も何回も見た。その夢で見た画面はいまでたっても脳裏に残っていて思い出そうとすればいつでも思い浮かべることができるのだ。今でも私は最終的に飛行機事故で命を落とすのではないかと思っている。さてこんな私が経験した飛行機の話をまとめてみることにした。
初めての飛行、アトランタ上空でのトラブル、ボロクソノイラン航空、デリー・ラホール間のYS11, グランドキャニオンのプロペラ機、カジュラホからの特別機、乗客ただ一人のノースウエスト機、突然中国語で話しかけてきたキャビンアテンダント、カトマンズのマウンテンフライト、ハワイ島の観光セスナ機、
初めての飛行
飛行機が怖くて米国へ留学する際も船で渡った私はひょんなことからそのアメリカで飛行機に乗る羽目になったのです。留学一年目の事です。日本の両親が米国の観光旅行に来ると言うのです。私の留学先のシアトルから始まってアメリカを一周するので同行してほしい。ついてはシアトルから同行できるよう私のチケットを手配したというのです。英語が分からない両親の頼みに応ずることになります。すでにプロペラ機からジェット機の時代に入っていました。いよいよシアトルの空港から出発です。滑走路を飛行に向かって機体が滑走しだした時に窓の外を見ると周りの景色がすごい勢いで後方へ飛んでいきます。幼いころ家族旅行で福島に行った時に乗ったタクシーが田舎道を時速70キロで走り周りの麦畑の麦が後方に飛んでゆくように見えて感激したことがありましたがジェット機のスピードはそんなものではありませんでした。うーんこれがジェット機かと感心しているうちに機体は宙に浮いていきました。窓から見える地上の景色を楽しみながら出てくる機内食を食べ飛行に慣れてくつろぎ始めました。何時間か飛行してフェニックスに無事着陸した時には飛行機も悪くないなと思ったものです。翌日にはフェニックスからグランドキャニオンへ向かうことになります。
グランドキャニオンのプロペラ機
グランドキャニオン行きの飛行場へ行くと小型のプロペラ機が待っていました。初めて飛行機に乗った翌日プロペラ機に乗ることになりました。昨日のジェット機に比べるとずいぶん小さく感じられます。ジェット機より何となく安心感を抱いていたプロペラ機でしたがかなり古い感じの飛行機でした。無事上空へ飛び上がってしばらく飛行するとグランドキャニオンの渓谷が見えてきました。深い渓谷を見ていると飛行機恐怖症が頭をもたげ始めます。ここでこの深い渓谷の底へ墜落したらと考えると怖くなってきたのです。そんな時です窓から見えるプロペラのエンジン部の側面にロールス・ロイスという文字が読み取れました。有名なイギリスの自動車・航空用エンジンメーカーです。ロールス・ロイス社を信奉していた私は急に安堵しました。実に単純な私です。グランドキャニオンで一泊し翌日フェニックスに戻ったのですが戻りの飛行機では不安を感じなくて済みました。
恐怖の飛行
フェニックスからワシントンDCへの飛行の時に起こった出来事です。フェニックスから飛び立った飛行機では少し飛行機に慣れた私は平常心で飛行を楽しんでいました。アトランタ上空に差し掛かった時でした。機内に緊急のアナウンスが流れます。飛行中の騒音ではっきりとは聞き取れませんでしたが何か重大なトラブルが発生した様でした。緊急時に下がってくる酸素吸入器の説明でした。英語の分からない両親は横に座ってにこにこしています。一方私は墜落するとは決まっていないのに「結婚もしていないのにここでこの世とおさらばするのか」と思うとやりきれない気持ちになってきました。重苦しい雰囲気に包まれ緊張が続きました。どのくらい時間が経過したのかわかりませんでしたが飛行機が降下を始めました。どうやら目的地のワシントン・ダレス国際空港までたどり着いたようです。外を見ると何台もの消防車が待機していました。税関を過ぎて表に出ると日本で知り合いになっていたアラーズ家族が出迎えてくれました。地上でも我々が乗っていた飛行機に問題が生じていて危険視されていたとのことで何度も「無事でよかった!」と言われました。トラブルの詳細は分かりませんでしたが熟練した機長のおかげで命拾いをしたことがわかりました。この件以来又私の飛行機嫌いがひどくなりました。